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作家生命を賭ける、ということ

Photo_2  "遂に"、ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督が「カチンの森事件」を映画化しました。本日の朝日新聞朝刊「ひと」のコーナーに、ワイダ監督の記事が掲載されています。「カチンの森事件」とは、第二次世界大戦中にソ連軍の捕虜となったポーランド人将校らおよそ20,000人が秘密裏に惨殺され、ソビエト・スモレンスク地方、カチン近くの森に埋められたという事件です。この事件は長い間、ソ連によって、ナチスの手によるものだという嘘に染められてきました。そして、この事件について詮索することは、共産主義政権下のポーランドではタブーとされてきました。しかし、ポーランド国内ではこの事件の取り扱いが「タブー」であるが故に、真の犯人が赤軍であるということは暗黙の事実となっていたのです。学生時代、僕はこの事件の詳細について知ってしまったがために、ワイダ作品の虜になっていきました。実はワイダの父親はこの事件の犠牲者のひとりでした。そしてこの事件は、ヒトラーとスターリンの間に挟まれ、不遇なまでの歴史を辿ったポーランドという国をあまりにも象徴する事件であったと言えます。ワイダは父親の死をきっかけに、レジスタンスに身を投じます。つまり、「抵抗の人」といわれた巨匠アンジェイ・ワイダ誕生のきっかけになった事件、それがこの「カチンの森事件」だったです。

 ワイダの映画はあまりにも献身的です。ポーランドの現代史とポーランド国民の動向を研究観察し、その結果、今自分が何を撮らなければならないか、という回答を導き出しているように感じます。そのすべてが紛れもない芸術家の手法です。だから他の誰でもないポーランド国民のために撮られた映画が、不思議なまでの普遍性を携えることができる。ワイダ作品の最大の魅力はまさにこの点です。では何故に、こうまで映画に対して献身的になれるのか。ワイダはこう言っています。「ワルシャワ蜂起で死にきれなかった私の仕事だ」と。ワイダが『地下水道』で描いた、二十万人のワルシャワ市民が命を落としたといわれるあのワルシャワ蜂起。自らが映画を撮る理由を、この映画人ははっきりと自覚しているのです。アンジェイ・ワイダほど、その映画作品と自国の現代史とが密接に絡み合う映画人を僕は他に知りません。

 ある映画監督が作家生命を賭けて撮ったという映画があるとして、それを観ることで僕らが得る経験はただの経験ではなく、観客は計り知れない何かを背負うことになるかもしれません。アントニオーニ、そしてベルイマンという巨匠がこの世を去った今、遠くポーランドから81歳になるアンジェイ・ワイダが恐らくは"作家生命を賭けた"と思われるテーマで、ひとつの作品を完成させました。その映画の名は『カチン』。未だ観ぬこの映画に僕は心を奪われています。ワイダ自身の人生の道程と、残された時間を明らかに意識したこの映画(冒頭で"遂に"と書いたのはそういう意味です)を観ることで、僕はとてつもない何かを背負うことにもなるだろう、そんなことさえ思っています。明らかにそれは、僕自身がアンジェイ・ワイダという映画作家、その人を追いかけてきたことで得た嗅覚であると認識しています。映画はやはり、作家で観るもの。今そのことを強く感じています。

 『世代』『地下水道』『灰とダイヤモンド』『約束の土地』『大理石の男』『鉄の男』…、そして『カチン』。アイジェイ・ワイダ監督特集、やりたいですねえ。これは、2スクリーン目完成後の僕の夢。いやあ、長々とすいませんでした。新聞記事ひとつでこんなことになってしまいまして・・・。

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