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パーク アンド シネマテーク

Park  李相日監督の『BORDER LINE』、内田けんじ監督の『運命じゃない人』、群青いろの『14歳』などなど、PFFスカラシップから生まれ出る作品にはずっと心を踊らされてきた。若手監督の作品とはいえ、見事に唸ってしまうような作品ぞろいである。このPFFスカラシップとは、PFFアワードの受賞監督から企画を募り、厳しい審査を勝ち抜いたただ1つの企画に制作の機会が与えられる制度だ。現在上映中の『パーク アンド ラブホテル』は、昨年度の第17回PFFスカラシップ選出作品である。そしてご覧いただければ分かるとおり、この映画は紛れもない傑作だ。
 とある街の一角に建つ昭和の香り漂うラブホテル。まるで吸い寄せられるかのように、なぜか子供や年寄りがここへ入っていく。その訳はこのラブホテルを経営する艶子が、ここの屋上を近所の人々の憩いの場たる公園として解放しているからだ。物語はオーナーであるその中年女性・艶子(りりィ)と、それぞれの理由で思い悩みながら、ここで人生の寄り道をすることになる3人の女性(梶原ひかり・ちはる・神農 幸)とのかかわりを描く。
 この映画は3人の女性たちがこのラブホテルに立ち寄ったことをきっかけに果たす再生と、そこで彼女たちに訪れる幸せのかたちを描いてゆく、つまりはそういう話であることには間違いない。しかしこの映画は、よくありがちな傷つき傷つけられた女性の単なる再生神話ではない。熊坂監督の握ったペンは、従来とはその姿を変えつつある「幸せ」のかたち、それがどういうものであるかを見事に描ききっている。そこが素晴らしい。
 では、その姿を変えつつある「幸せ」とはいったいどんなものか。それは物質的で、具体的で、明確なもの、どうやらそれはそんなものではない。ましてや手に入れるという類のものでもない。ここで語られているのは、そんな手のひらに乗ってしまうような、はっきりとしたかたちある何かではない。ここはそういうかたちある幸せや足し算の幸せを語る場ではなく、彼女たちが背負ってきた積荷をその肩から降ろす場所だ。そのような荷を降ろす行為、そしてふと日常のどこかで荷を降ろせるような場所を知っているということ、そのことが大切だ。足し算よりも、むしろそのような引き算について、僕らはそのことをより「幸せ」と呼ぶようになってきたということだ。

 「いいですね、ここ・・・」
ちはる演じる主婦・月が、ベンチに腰かけながら、この空中公園に集う人々を眺めながらふとこう漏らす。おそらく彼女はそうつぶやいた瞬間に、その重い荷をそっと足下に置いたことだろう。さて、これを読んでいるあなたには、「いいですね、ここ」と呼べる場所があるだろうか?「あります」という答えが聞ければ嬉しい。ひょっとしてそれが僕らの映画館であれば、もっと嬉しい。映画を観て感慨に耽る、涙を流す、笑う、昔の何かを思い出す、つまりは新しいイメージを新たに脳裏に刷り込む場所、それが映画館だ。しかし映画館とは単にそれだけの場所ではない。席を立つとき、あなたはきっと知らず知らずのうちにあなたが抱えてきた荷のいくつかを、座席の下に置いているはずだ。そしてその荷はそのままに、あなたは帰る。あなたが置いた荷は劇場スタッフが毎日当たり前のように掃除しているから大丈夫。だってほら、スクリーンの中でも、艶子が毎日ホテルの前に吹き溜まるどこからきたのか分からないような塵やゴミをやはり掃除しているじゃないか。
 
 「日が暮れたら人間は家に帰るものなの」
 そう艶子に急かされて、公園に集う面々は(まだ帰りたくないけれど仕方なしに)それぞれの家路に着く。そして誰もいなくなった公園で、艶子はひとり静寂を聞く。エンドロールが上下に流れ、やがて映画が終わる。場内が明るくなり、ついさっきまで公園を映していたスクリーンは今はもう真っ白だ。ああ、とてもいい映画を観た。さっきまで重かった肩が何だか軽い。余韻とともにあるこの時間が好きだ。今感じた素晴らしさを僕は(わたしは)まだかたちにもことばにもできていない。何だかまだ帰りたくない。そういうすべて、そういう映画が呼び込むすべてと、そういう時間を知っていることのすべてをひっくるめて、「幸せ」と呼ぶのだと思う。映画館とは、そういう「幸せ」を呼び込む場であり、そんな「幸せ」を呼び込んでくれる『パーク アンド ラブホテル』のような映画をかけ続ける場でなくてはならないだろう。

 『パーク アンド ラブホテル』・熊坂出監督のティーチイン、開催決定!くわしくはこちら

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