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文化住宅のこと

Hatsuko  1995年の1月17日か、もしくはその数日後か。それまで僕はまったく知りませんでしたねえ、「文化住宅」なんていうコトバは。その日の早朝、突如阪神淡路地域を襲った大地震で、大変な数の「文化住宅」と呼ばれる建物が倒壊しました。当時僕が住んでいた京都は震度5強の揺れでしたが、友人の多くが震度6~7を記録した阪神地域に住んでいました。不幸中の幸いといいましょうか、友人の中に亡くなった者はいませんでしたが、皆さんご存知の通り、人間の造った建造物が崩れ落ちることでそれが凶器となり、多くの方がその下敷きとなって命を落とされました。「文化住宅」というコトバを、関東生まれ・関東育ちの方が、皆さん知っているとは僕には到底思えないので、わかりやすいコトバに置き換えますと、「文化住宅」とはつまり「長屋型の木造アパート」のことです。大阪を中心に、西日本で多く使われるコトバのようです。この「文化住宅」が阪神大震災で片っ端から倒壊した悲劇は、あの地震に大震災という嬉しくもない呼び名が与えられた理由のひとつになっているのです。以来、「文化住宅」というコトバは、僕の内面で暗く長い影を引き摺りながら歩いておりました。
 とまあ、前置きが長くなりましたが、そんな訳で観たいような観たくないような思いで、僕は『赤い文化住宅の初子』と向き合うことになったのです。「観ない方が良かったんじゃないの?」「だから言わんこっちゃない」と自分に向けて思わずひとりごとを呟いてしまいそうになるくらい、『赤い文化住宅の初子』は兄とふたりで「文化住宅」に暮らす幸薄い少女・初子の痛々しい物語です。画面いっぱいに漂う生活臭。そんな生活を照らすのは点滅する切れかけの蛍光灯。初子はそんな毎日を、薄暗がりの中で送っています。こんな夢も希望もないような単語ばかり並べたら、きっと皆さん、引いてしまいますよねえ。ただ僕には、あの日あの時、燃えて崩れ落ちた多くの「文化住宅」にも住んでいたであろう、誰でもない女子中学生の姿が薄幸の少女・初子と重なって見えたのです。蛍光灯の明かりだけでは足らないのでしょう、そんな少女たちが自らを照らすために燃やす小さな小さな炎は、薄暗がりだからこそ見つけることができるのかもしれません。あれから12年。実はこの映画の中に、「恋心」となって燃え続けるそんな小さな炎を見つけられたことが、僕には何となく嬉しかったのです。

 不幸にして起こった様々を肯定できる日が、いつか初子と震災の被災者の皆さまに訪れることを願って。

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