グランジという新しいジャンルの音楽が大流行した90年代初め。私の周りでも音楽好きの人間が、あるバンドの話をよくしていた。私も、赤ん坊が水の中で、釣り針に掛かった1ドル紙幣を目指して泳ぐアルバムを始めて買ってみた。”NEVERMIND”というアルバム。バンド名はニルヴァーナ。その後、彼らのアルバムは何枚か購入していたものの、それほどに熱狂はしていなかった。ただ、1994年4月5日にニルヴァーナのメンバーで、ヴォーカルを担当していたカート・コバーンが、シアトルの自宅のバスルームに閉じこもり、頭をライフルで打ちぬき無残な遺体で発見された、というニュースが流れた。(いろいろと問題はあったものの)愛する妻のコートニー・ラブ、そして2人の間にはフランシス・ビーンという子供もいて、人気も絶頂であったはずなのに、なぜ彼は自殺に至ったのか、一体何があったのか、そのニュースを聞いて、私自身軽いショックと疑問を抱いたのを覚えている。
カートが自ら命を絶つ少し前、リヴァー・フェニックスという親友の死を、ガス・ヴァン・サント監督は経験していた。両者の共通点は、薬物の過剰摂取、そして突然の死。彼らが問題を抱えていたということは誰もが知っていたはずなのに誰1人として彼らを助けることができず、彼らがどこにいて最後の瞬間に何をしていたかさえ分からない。親友の死の状況に酷使しているカートの"誰も知らない最後の日々”に監督は思いを馳せ、この映画は誕生した。
ガス・ヴァン・サント監督の前作は、1999年にアメリカで起きたコロンバイン高校の銃乱射事件がモチーフの『エレファント』という作品であったが、これを見たとき、想像していたものとは異なり、なんとも静かな映画であった。学生たちを銃で、どんどん撃ち殺していくことは考えればもちろん恐ろしい光景なのだが、淡々としていて静かな中での狂気という感じを抱いた。
この『ラストデイズ』の主人公ブレイクは、ガス・ヴァン・サント監督の頭の中で創り出された人物で、自殺までの2日間は監督の想像上の物語なのだ。しかし、そのように頭では分かっているものの私自身、先入観を抱いて観てしまった。というのは、この主人公のモデルはカートであり、彼は最後にライフルで自殺をする、きっと壮絶な死が待っているのだ、と。しかし見終わってみると、それはあっさりと裏切られる。1人のミュージシャンの死に至るまでの物語だというのに、そこには壮絶なものを感じさせない。(自殺を美化しているわけでは決してないのだが)とても美しいのだ。その過程はまるで様々なメロディーが折り重なって、最後にはひとつの美しい曲が出来上がっているかのようにさえ思うのだ。
この映画はライフル自殺をした、悲惨な最期を遂げたカート・コバーンをイメージして見に来る者を、裏切るかもしれない。これをご覧になる方には、”ニルヴァーナのカート・コバーン”の死までのストーリーという事は、一切考えない方が良いかもしれない。そのような先入観などは一切持たず、映像に身を委ねたほうが良いだろう。しかし見終わった後にこう思うかもしれない。もしかしたら、カートの残された2日間もこうだったのかもしれない、と。
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